緑の悪霊 第2話 |
何処からか去年の身体測定データを持ってきたミレイが、体重計に乗った俺の数値と以前のデータを見比べながら言った。 「ルルちゃん、軽すぎ」 -3kgかぁ。 元々軽いのに、さらに減ってるのね。 筋肉、あるのか心配になっちゃうわ。 「ルル・・・細いよ!細すぎるよ!羨ましいよ!」 長身に細身なんて! シャーリーが泣きそうな顔で文句を言う。 「俺は軽くもないし細くもない。ごく普通の体型だよ」 「「それはない!」」 女性二人に同時に突っ込まれ、ルルーシュは思わずたじろいだ。 「・・・もういいですね、降りますよ」 そう言いながら体重計から降りると、ミレイの手がにゅっと伸びてきた。 「ほわぁぁぁぁぁ!?」 「くうう!何なのよこの腰!この二の腕の細さ!あーくやしい!」 ミレイは体重計から降りたルルーシュの腰を揉み出したため、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。 「こ、ここも凄く細いんだよ!」 そう言いながらシャーリーは太ももを触ってくる。 触るのはいいが、なんか触り方がおかしくないかシャーリー! 「ちょっ、ズルイ・・・じゃない、何してるんですか二人とも!」 一瞬おかしなことを口走ったスザクが止めに入り、解放された時には何だかいつも以上に疲れてしまい、立っているのも辛いと保健室のベッドの上に腰を下ろした。 ちなみに既に放課後のため保険医は他の用事で出ている。ミレイが使用許可を得てここに来たため、いるのは生徒会メンバーだけだ。 「この程度で座り込むなんて、ホントに大丈夫なのルルちゃん」 悪霊云々は信じていないが、元々細かった体はさらに細くなっており、言われてみれば疲れ切った顔をしている。 「なあなあルルーシュ、もしかしてぇ、彼女が出来たのとか!?」 ルルーシュの横に腰かけたリヴァルが、肩を組み、まるで耳打ちするかのような距離で楽しげに聞いてきた。 見た目的には内緒話のていだが、その声はきっちりと周りに聞こえる大きさだ。その内容に、皆ピクリと反応する。 「どうしてそうなるんだ」 確かに非常にだらしない女は飼っているが、断じて彼女じゃない。 今ではアレはああいうペットなのだと認識するようにしている。 部屋は汚すし、室内を常にピザの匂いで充満させ、人を抱き枕にするあの女は、いくら注意してものれんに腕押しで意味が無い。 だから人間型のペットと認識することで、多少苛立ちを緩和するという苦肉の策をとっているのだ。 言っても気かない所はスザクも同じか。 俺の周りはどうしてこんな人間ばかり集まるんだ。 「だってさぁ、最近お前付き合い悪いし、今夢中になってる事がある様な話してただろ?俺が噛めるような話じゃないって事は金銭関係じゃない。しかも夕食をナナリーちゃんと食べない日や、休日なんて丸一日居ない事もあるって言うじゃん。これはもう、彼女が出来たって考えるのが普通でしょ!」 な、当たりだろ? 楽しげな笑顔で、どうなんだよ、教えろよ~と言って来るリヴァルの鼻をむぎゅっとつまんでやる。すると驚いたリヴァルが、イテッと声をあげ、肩から手を離し、鼻を抑えた。少し力を入れ過ぎたのか、眉尻が下がり悲しそうな顔をしてきた。 「ちょっとひどくないですか、ルルーシュさん」 唇を尖らせ、鼻を押さえながら言って来るので、その頭も軽く叩いておく。 「残念だがリヴァル、俺にはお付き合いしている相手はいないよ」 その言葉に、シャーリーとスザク、そしてミレイの目が光った・・が、ルルーシュは気づかなかった。 「ほんとかなぁ」 「本当さ、第一俺にはナナリーがいる。あの子を置いて他の誰かの元へなど、考えた事もない」 あっさりきっぱり言われた言葉に、聞き耳を立ててた面々は軽く凹んだ。 そう、ルルーシュと恋人になるためには最強の砦、ナナリーの攻略が必須なのだ。 ルルーシュのいない場所では「お兄様がいればそれだけで幸せです」と、笑顔で周りをけん制しているナナリーが兄離れするとは思えない。 「うわ、それは流石にどうかと思うぜ」 男として。 「いいんだよ。俺にはナナリーが居ればそれでいい」 ナナリーの姿を脳内再生し、うっとり幸せそうにほほ笑むその姿は眼福だが、周りはますます凹んだ。 妹とほぼ同じセリフ。 ルルーシュの場合は、間違いなく妹離れなどする気はない。 「流石、筋金入りのシスコン。こりゃナナリーちゃんの彼氏は大変だなぁ」 その瞬間、部屋の空気がピシリと音を立てて凍った。 一気に肌寒くなったのは気のせいだろうか?何故か冷や汗が頬を伝う。 「リヴァル」 地獄の底から響いてくるような声が、聞こえた。 「な、何でしょうかルルーシュさん」 完全にひきつった笑顔でリヴァルはルルーシュを見ながら・・・のつもりだが、若干視線をさまよわせながら尋ねた。 怖くて直視など出来ない。 「ナナリーに、彼氏、だと?」 一字一句殺意を込めるかのような話し方に、リヴァルはじりじりとルルーシュとの距離を開けていく。 「え、えーと、い、今いるって話じゃないぞ?将来、そう言う相手が出来た時の話をな」 「将来?」 「そ、そう、将来。あくまでも仮定の話に決まってるだろう」 うんうんと頷き、リヴァルは若干早口になりながらそう言った。 ギラリと、冷たい視線がリヴァルの目を射抜く。 思わずヒッと悲鳴をあげてしまったのは仕方のない事だろう。 寧ろそれですんだ事を褒めてほしい。 「例え仮定の話だとしても!俺のナナリーに害虫が纏わりつくという話など聞きたくもない!いいか!ナナリーに色目を使い、近づく男どもはこの俺が排除してくれる!もし愛の告白などしようものなら、生きてきた事を後悔するような目に合わせてやろう!!いや、寧ろナナリーに触れた男は全員成敗してくれる!!」 鋭いまなざしで熱弁をふるい始めたルルーシュは、完全に駄目な兄だった。 愛する妹は俺のもの! 他の男になど渡すものか!! ルルーシュを手に入れるためにはナナリーの攻略は必須だが、ナナリーを手にするにはルルーシュの攻略が必須なのは言うまでもない。 「そ、それはナナちゃんが可哀そうじゃないかな~とか」 「何を言うんですか会長!ナナリーがそんな下心で近づく男になどなびく筈がない!」 きっぱりはっきり断言し、握りこぶしを作るその姿は、ナナリーが他の男の元へ行くなど微塵も考えていないようだった。 ナナリーは一生俺が守る! 歪みきった兄妹愛に満ちたルルーシュは、正直怖かった。 怖いが、ものすごくいい笑顔だった。 「・・・ルルーシュ・・・」 消え入りそうな声が聞こえ、そちらに視線を向けると、今にも泣きそうな顔で俯いているスザクがそこに居た。 「僕は、君たちの傍にいない方が、いいのかな・・・」 今の話だと、僕は君にもナナリーにも近づいちゃだめって事だよね。 僕、男だしね。 呟くようにこぼされた声はあまりにも弱々しかった。 元々イヌ科に見えるスザクだ。 もし犬耳尻尾がそこにあったなら、間違いなくだらんと垂れさがっているだろう。 「何を言うんだスザク!お前が俺たちの傍にいて悪いはずがあるか!・・そうだな、訂正しよう。ナナリーを預けられる男は、お前だけだスザク。お前は、俺たちの傍にいてくれないか」 普段ナナリーに向けるような、砂糖菓子のような甘さを含んだ笑顔とまなざし、そして声に、スザクは驚いたように目を見開いた後、「ルルーシュ!!」と感動したような声をあげながら、ルルーシュの前に跪くと、がばりと抱きついた。 ベッドに座るルルーシュの腰のあたりに顔をうずめる様に抱きつくスザク。 苦笑したルルーシュの瞳は慈愛に満ちており、優しくその柔らかな髪をなでる。 再び二人の世界に突入した事で、ようやくルルーシュの殺意から逃れたリヴァルは、今のうちにと腰を上げて距離を取り、シャーリーはあらぬ妄想を始めたことで顔を赤らめ、ニーナは仲間の空気を感じ取り頬を染めた。 そして、一人冷静なミレイは渇いた笑みを顔に張り付けた。 「あー、はいはい。シャーリーも大変ねぇ」 「え?あ、あたしですか?」 名前を呼ばれたことで現実に戻ってきたシャーリーは、目を瞬かせた。 あー、解らないか。 解らないかもねぇ。 ルルーシュに抱きついている男が、にやりと口元に笑みを作っているだろう事に、ミレイだけは気づいていた。 |